著者 坂本種芳 発行 力書房
本編の内容もさる事ながら、著者及びその他関係者による序文が、時勢を反映していて大変面白いので、最初に少し紹介しておきます。
ここに私の畏友である坂本技師がこんな本を書いたから見てくれと訪ねて来た。私は突然霊感を受けたやうな気がした。これは神風の一種だと、私は思はず叫んだくらゐであつた。さうだ、奇術に於ける工夫の楽しさを國民大衆に味はつてもらふことが、わが國に化学兵器を増産することの捷径であることを、今の今まで失念してゐた。(略)
読者は本書の奇術の種明かしを読まれて、なあんだと感心するに停まらず、更にそれを自分で行ってみ、また更に進んでは新しい独創的な工夫をこらされんことを希望する。そして更にその次に、敵米英を潰滅させる力のある奇襲兵器の発明にまで進撃していただきたいと念ずるものである。
海軍報道班員 海野十三
私はこの著者の奇術にいつも驚いている。尤もその奇術は、日本ばかりではなく、大東亜戦以前に敵アメリカであつといはせたのだから、私が驚いたとて物の数でもない。(略)
この際、機械技術家として軍需工業に猛進してゐる著者は、よろしく大東亜決戦下に於いて、一日も早く「戦争と奇術」といふ問題を解決して、ぜひ何とか敵米英をあつと驚かせる奇術的戦略なり、奇術的兵器なりを考案する必要がある。
東宝社長 秦豊吉
どうでしょう、これ(;^^)
ちょっと現代のマジック解説書では考えられない記述ですね。「奇術的兵器」って……何?
さて、こんな序文ですが、本編の内容はしっかりとした奇術の紹介・解説に終始しています。
特に興味深いのが「筆者考案の奇術」の章の最後に載っている、「香炉と紐」です。
坂本氏はこの奇術をもってアメリカで1938年度のスフィンクス賞(※)を受賞しています。
※アメリカの奇術雑誌『スフィンクス(sphinx)』がその年に功績のあったマジシャンに与えていた賞。坂本氏の受賞については1938年3月号に記事が出ており、その年はアマチュア部門で坂本氏、プロ部門でHy Harrisが受賞している。
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「香炉と紐」の現象はこうです。 舞台には簡素な机が一脚。その上には青銅の香炉が置かれ、蓋を通して香煙が立ち上っています。 術者は長さ1メートルほどの平紐を取り出し、観客によく調べてもらいます。よく調べてもらったら、その紐を小さく巻いて香炉の中に入れます。 ここで、一本の棒を煙の上にかざすと、紐がふらふらと香炉から立ち上り、棒に食いつきます。棒を下げると紐は再び香炉の中に帰って行き、また棒をかざすと立ち上ってきます。 そこで術者は紐の端を掴まえてひと結びします。そのまま手を離すと、紐はピンと直立したままになります。周りで棒を振ったり、輪を通したりしますが、糸などで吊っている様子はありません。 最後にこの紐を手に取って観客席に持っていくと、途端に柔らかい紐に戻り、それを観客にプレゼントして演技を終わります。 |
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坂本氏はこの奇術を「伝説印度の『縄の奇術』に暗示を得て考案した」と書いています。
いわゆる、「インドのヒンズーロープ伝説」です。確かに現象は似ていますね。(知らない人は偉人伝のホーフジンサーの記事で触れているので読んでみてね!)
この他にも他の書籍では見られない様な昔の奇術界の情報が得られておもしろいです。
なお、この本は戦後、『奇術全書』と名前を変えて再版されています。おそらくそちらの方が入手しやすいと思うので、興味のある方は古書店などで探してみてください。
2010/10/5追記
記事の中で、「戦後、『奇術全書』と改題されて再版された」と書きましたが、その後再び『奇術の世界』の題で改訂版が出版されていたようです。
出版年次は以下の通りです。
『奇術の世界』1943
『定本 奇術全書』1947
『奇術の世界 新装版』1955
2015/12/26追記
関連する記事をブログに書きました(このページの内容と重なる部分もあります)。
戦争と奇術――坂本種芳「香炉と紐」の周辺――
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